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~ヘタレ研究者は今日も逝く~

short term effect vs long term effect

某所で夫婦別姓論議が盛んなのを見かけたので,一言をば。

個人的には,別姓にしたいと考える人が別姓を採用するのに何で他の人が文句を付けたがるのかがよく理解できないんだけど,どうやら「夫婦別姓にすると家族の絆が弱まって離婚が増える」ってのが論拠としてあるらしい(この変形(?)バージョンとして,「子供が不利益を被る」っていうのが論拠としてあるらしい。が,別姓な人たち(形式的に離婚して)が周りにたくさんいて,そこで子供が不利益を被ったという話もあまり聞かないので,信憑性は怪しいような気がする)。仮にそうだとすると(実際そういう国のデータもあるらしい),少子化の進んでる日本はさらに困ることになりそうで,社会的にも非効率な法ルールってことになりそうだ。

けれども,「夫婦別姓にすると家族の絆が弱まって離婚が増える」ってのは,似たような制度との比較で考えるとかなり怪しい。仮に「夫婦別姓にすると家族の絆が弱まって」というところまでは言えたとしても,そこから「家族の絆が弱まって離婚が増える」とは言えないからだ。

その「似たような制度」ってのは,USの離婚制度。

USの離婚制度は,州ごとに違う訳だけれども,ある一定の時期に,離婚には双方の当事者の合意が必要なbilateral divorceシステムから,一方当事者のみで離婚ができるunilateral divorceシステムに移行した州が多い。その移行の有無・時期にvariationがあるから,パネルデータを組んで,法制度の変化が離婚率に与えた変化を観察することができる。

この種の研究はかなり多くなされてきたけれど,現在までにだいたい明らかになった事実は次の2つ:

a) bilateralからunilateralに移行した直後には,離婚率が跳ね上がる

b) しかし,離婚率は次第に元の水準に回復し,最終的にはbilateralよりもunilateralの方が低い水準で落ち着く

この2つの観察される事実のうち,a)については直感的に分かりやすい。離婚が簡単になれば,「短期的」には離婚率が増えるのは見やすい道理だ。問題は,b)という「長期的」現象がなぜ起こるのか,っていう点。この点についておそらく現在最も説得的な説明は,次のようなものだ:

- unilateralになって離婚が容易になると,婚姻関係を解消したくないパートナーたちは,婚姻関係の価値を高めるような投資を行う(←ここのところはちょっと話をはしょっているので正確ではない。興味のある人は元のペーパーをみませう)

- そのような投資の結果,婚姻関係の価値が高まり,結果的に離婚率が減少する

つまり,離婚しやすい法制の方が,それが当事者のインセンティヴに与える影響まで考えると,実は離婚を減らすんだ,っていうおもしろい機能を持つことになる。

で,このストーリーと同じような話が夫婦別姓についても成り立つとすれば(もちろんそうなるかどうかは分からないけれど),次のようなことが言えそうだ:

- 夫婦別姓を選択すると家族の絆が弱まるのであれば,当事者は逆に,家族の価値を高めるような投資をするインセンティヴを持つ

- だとすれば,夫婦別姓を選択するような夫婦は,かえって夫婦同姓を採用している夫婦よりも,強い家族の絆を持っている可能性がある

- 夫婦別姓の導入した国において離婚率が上がった(あるいはそれに類似した家族の崩壊が増えた)というデータがあるにしても,それは,短期的な変化を見るのではなく,長期的な変化を見ないと,夫婦別姓のもたらす真の影響を検証することはできない

と。

この話のキモは,よくあることなんだけど,法制度の変化がもたらす影響を考えるときは,法制度の適用を受ける人たちが単に受動的に法制度の変化にさらされるだけだと考えるのではなく(普通の人はそんなに馬鹿ではない),法制度の変化を前提に自分たちの(投資)行動を変えていく能動的な主体なんだ,ってことを認識してないと,間違った結論を導く危険性があるよ,っていうところ。