2年くらい前に書いた
「幽霊の正体見たり――わが国に経営判断原則は存在していたのか?」旬刊商事法務1858号4-13頁(2/2009)
は,その後あちらこちらで引用されているのを見かけて,大変うれしいんですが,結構,誤解されて引用されてる場合があるなぁ,というのが悩みの種でもある。
そんなに分かりにくく書いたつもりはなかったんだけど,ひょっとすると読む人にとっては分かりにくいかもしれないので,フォロー。
このペーパーの基本的なポイントは
日本の裁判例で形成されてきた「経営判断原則」って,実は,訴訟活動の結果として,たまたまUSのそれに近い帰結のようなものが現れてきているだけなんじゃね?
というものであって,しばしば教科書で見かけるように,経営判断原則をめぐる「高尚」な政策判断に基づいて導入されたものではない可能性が高いんじゃないか,っていうもの。
ところがそれをなぜか,
経営判断原則は,そういう訴訟活動の結果として表れてきたものであるべきだ
という主張であるかのように(僕から見ると)誤読されて引用されていることがままある。
このペーパーの主張はむしろ逆で,
経営判断原則が,そういう偶然のたまものだとすると不幸なことになってしまうから,きちんとした政策判断に基づいて運用しようよ,将来の裁判所よ,頼むから今までと考えを変えてくれぇぇぇぇ
というものなんだけどなぁ。