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~ヘタレ研究者は今日も逝く~

biological resources

今のCOP15会議のテーマは2つあるそうで,1つは生物多様性の保護で,もう1つは生物資源を利用して作られた医薬品などの技術による利益を生物資源を元々持っていた途上国に還元すべきか(そして,還元するとしたらどれだけ還元すべきか)。

このうち,前者の話の方は,割と単純――もちろん,どこまでコストをかけて生物の多様性を守るべきか,という問題はあるけれども。その意味で,早めの段階で参加国間の合意がとれたのも理解できる。

これに対して,どうやら後者の生物資源の利用に基づく工業製品からのリターンの配分については,やはりというか,先進国と途上国の間の対立が先鋭で,なかなか妥協が成立しそうにない。そこで,この後者の問題についてはどういう風に考えていけばいいのか,ちょっとメモしてみる。

まず,一番簡単な話は,取引費用のない世界――いわゆるCoasean bargainingが成立する世界。もしも現実世界がそのような状態であるのならば,途上国の側に生物資源についての権利を与えようとも,先進国の側にそれを「自由に持ち去る権利」を与えようとも,あとは最適な資源配分が自動的に実現する。

けれども,もちろん,現実はそんな単純な世界ではなくて,こういったCoasean bargainingはまず成立しない。

その障害は色々考えられるけれど,まず一つ大きいのは,生物資源の買い手である先進国(の企業)と売り手である途上国との間の情報非対称だろう。

途上国に存在しているある生物資源について,それがどれほどの価値を持っているのかは,先端的な技術を持っている先進国の企業には判断できるけれども,途上国の住民たちには,そんな判断はできない。そして,先進国の企業には,売買の際に,そういった情報を開示するインセンティヴを持たないだろう――その情報を開示したら,他の企業にそのビジネスチャンスを奪われるリスクがあるから。

そういった情報非対称があると――情報は交渉力に直結するから――,理想的な世界ではもっと高く売れたはずの生物資源を,途上国が先進国側に対して非常に安い価格で売ってしまう,ということが発生しうる。

もっとも,この問題は,この情報非対称が解消されると,かなりの部分解消される。たとえば,鳥インフルエンザがその好例だと言えそうだ。

鳥インフルエンザの場合,インフル病原体がワクチン製造のために大きな価値を持っていることを,先進国のみならず,途上国(インドネシアとか)も既に知っている。さらに都合がいいのは,インフル病原体は,遺伝情報のように最初の1つのサンプルさえあれば足りるというものではなく,継続的に(そのときどきの流行にあわせて)病原体を入手しなければワクチンが作れない。このため,最初の第1回以降は,途上国の側も「病原体を渡さないぞ」という形で――いわば生物資源に関する権原を付与されることになる――,交渉力を回復し,途上国と先進国の間で利益配分がなされることが期待できる。

2つめの問題は,生物資源が持っている情報の価値のdistributionが非常に歪んでいて,その情報を発見するためには相当量の研究開発投資をしなければいけない点。

つまり,生物資源が持っているさまざまな情報の大部分は,何らかの医薬品などの工業製品に活用できるものではない。現実に有用な工業製品の形にまで持って行くことができる生物資源は,ごくごく一部だろう。そして,ある生物資源が「当たり」なのか「外れ」なのかは,売買の時点では分からない――もちろん,ある程度のあたりを付けてから買い取るのだろうけれども。

なので,先進国の企業としては,生物資源を買い取った後で,そこに含まれている情報を活用するために,かなりの巨額の研究開発投資をしなければいけない。そうすると,この投資のインセンティヴをどうやって確保するか,ということが問題になってくる。

単純に考えるならば,開発された工業製品が成功した場合に,そこから得られた利益の一定割合を途上国側に還元するというシステムは,先進国側の企業が,投資によって得られた利益を完全に享受しない形になるので,投資のインセンティヴがsuboptimalになってしまう可能性が高い。

そうすると,投資のインセンティヴをoptimalなレベルへと持って行くためには,工業製品から得られた利益の一定割合を還元するというシステムではなく,固定額を還元するというシステムの方がよくなってくるかもしれない。けれども,これにもまた,固定額をいくらに設定するかによっては,一部の投資がそもそも行われなくなってしまう――corporate financeでいえばdebt overhangの状態――が発生してしまうので,難しいところがある。

要するに,この局面というのは,典型的なエージェンシー問題の状況で,ファーストベストは多分実現できないのだけれど,じゃあ,セカンドベストを実現するためにどういうシステムを使うことが効率的なのか,っていうことを考えなければならないんだよね。

とここまで考えてきて,これって,「法と経済学」の期末試験に出してもいい問題だったかも,と思いついた。うーむ,難しすぎる?