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~ヘタレ研究者は今日も逝く~

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『支払決済法』解題シリーズ・その4。

今回のお題は「融通手形」。β版からちょっとだけ記述を書き換えた部分がある。

融通手形ってなかなか初心者には分かりにくい(けれども,銀行実務上はとても大事)。使い方を実感するためには,クレジットカードの名義貸しと対比しながら考えるとわかりやすい(118ページ)。

クレジットカードの名義貸しは,自分ではクレジットカードをもてない(あるいは,クレジットカードの利用可能枠を使い果たしてしまった)人に対して,カード保有者が自分のクレジットカードを「このカード使っていいよ」って貸してしまうこと。

この場合に,カード保有者は,カード会社に対して,「○○のカード利用は,自分でカード使ったんじゃなくて,第三者が使ったものだから,支払いません」と言うことはできない(というふうに,クレジットカード約款に書いてある――クレジットカードはネットワーク・システム型の支払手段であることに注意)。カード保有者としては,名義貸しをした相手に対して,クレジットカードの支払期限までに利用額を支払ってもらい,それをカード会社への返済に充てるしかない。名義を貸した相手が利用額を支払ってくれないリスクは,カード保有者が負担することになる。

そのような約款になっているのは,カード会社が信用情報を持っているのは,あくまでカード保有者についてのみであって,名義を貸した相手の信用情報はカード会社は保有しておらず,相手の信用リスクをもっともよく判断できるのは,カード保有者だからだ。だからこそ,カード保有者にリスクを負担させ,名義貸しの範囲をコントロールするインセンティヴを与えている(実際の約款は,「名義貸し禁止」っていう条項になっていることが多いけど)。

融通手形も,基本的にはこういったクレジットカードの名義貸しと基本的に同じ。自分の信用では銀行からお金を借りられない融通手形受取人に対して,融通手形振出人が自分の名義を貸していることになる。だから,融通手形受取人の信用リスクは,割引を行った銀行ではなくて,融通手形振出人が基本的に負担するような形へと,人的抗弁に関する手形法の原則(いわゆる河本フォーミュラ)が融通手形については修正されることになる。

もっとも,クレジットカードの場合と融通手形の場合とでは,名義貸し人=融通手形振出人がリスク負担をしなくてよい範囲に微妙な違いがあって,融通手形の場合の方が,振出人が免責される範囲が広がっている。これは,この解題シリーズでも前に説明した,「決済機関」と「決済の当事者」の違いによる。クレジットカードの場合の方が,手形に比べて,「決済機関」として機能する側面が強いために,より無因的に構成する必要性が高くなるから。

以下,余談。

- β版だと,クレジットカードの章が,小切手(・為替手形)と約束手形の間に入っていたので,この辺の流れが理解しやすかったのだけれど,現行版では,クレジットカードが電子記録債権の次に移動してしまったので,この辺りはできれば,クレジットカードを読んでから手形に戻ってください。

ちなみに,章の順番が変わった理由は。僕は未だに前の並びがロジカルだと思ってるんだけど(小切手の後に信用機能がつく支払手段が初めて出て,しかも,リスクの少ない電子的支払手段から,リスクの多いペーパー式支払手段へ,という流れ),①小切手・約束手形というペーパー式支払手段をまとめた方が学習者の便宜に資する,②クレジットカードを使っている学部生は多くない(生協カードが流通してる東北大はいいかもしれないけど),という理由で変更になってます。

- 上の説明だと,融通手形の抗弁は,「河本フォーミュラを修正」って書いてある(本文も)けれども,これが唯一の解釈でない,ってことは,AT君からコメントが来てる。つまり,融通手形の抗弁は,河本フォーミュラを修正しているわけではなく,何が支払い拒絶事由に該当するのかという融通契約の解釈の問題だという読み方もあり得る,と。どっちも成り立ちうるけれど,おそらく「フォーミュラの修正」という言い方の方が標準的ではないかということで,こちらを採用。昭和34年最判は,あくまでも「融通手形であること」自体を抗弁と捉えているので(「融通契約違反であること」を抗弁とは捉えていない),やはり「フォーミュラの修正」という説明の仕方の方が判例と整合的だろう,というのもある。

というわけで,このコンパクトなテキストでは,こういう細かい内容まで書いてないので,その背景の解題でした。ちゃんちゃん。